『ローマ喜劇』小林標(中公新書)

 演劇関係者のあいだでも、ローマ時代の喜劇についてはほとんど何も知られていない。にもかかわらず、ローマ喜劇はギリシア悲劇などとはちがって、近代のリアリズム劇の源泉に位置づけられるというのだから、知らないで済ませるわけにはいかないのだ。この本はそういう欠落を埋める貴重な文献である。
 ローマに喜劇の花が開いたのは紀元前250年ごろ。今日に残る巨大なローマ闘技場などが建設されたのはずっと後になってからのことだそうで、ローマ喜劇は広場に仮設の小屋を建てて、数百人の前で興行的に上演されていたらしい。そのほとんどはギリシア喜劇の翻案劇だったそうだ。作家としてはプラウトゥスとテレンティウスが双璧をなす。
 この時期のローマは優れた文化を持つギリシアと接触した。そこから文化の流入が起こり、先進文化を移入するための言語劇が興隆した。それがパリウム劇というギリシアに題材をとったジャンルのローマ喜劇である。本書の後半にはプラウトゥスの作品をめぐってさまざまなテーマ分析が行われているが、双子の取り違えから家族の再認に至るヨーロッパの典型的なドラマトゥルギーが早くもここに表れているとは驚きだ。
 本書のユニークな点は、ローマ劇を明治以降の西洋劇として発展した「新劇」の歴史に重ね合わせて語る視点であろう。それによってローマ劇の持っている近代劇性が一挙にイメージとしてつかめる秀逸な比喩である。

ローマ喜劇―知られざる笑いの源泉 (中公新書)

ローマ喜劇―知られざる笑いの源泉 (中公新書)