ウジェーヌ・ラビッシュ作 オム・アルメ通り8番地2号 第二幕

第2幕


(舗石をはがされた中庭・舞台奥は通りに向かって開け放たれた表門。下手の手前には建物への入り口。上手の手前には門番の宿舎へと通じる通路。表門の両側は新しく塗り直されている。舗石、ベンチ、材木が置かれている。上手には火が焚かれている。下手には舗石が積み上げられている。上手には客席に向かって地下室の窓が開かれている)


第1場 (衛兵の征服を着たフォランビュッシュ氏が眼鏡をかけ、厚手のマフラーを巻いている。トト、衛兵、民衆、クルヴェット)

(幕が開くとトトが下手に積まれた舗石の上にいる。フォランビュッシュが中央に立っている。その他の人々は数人ずつのグループになっている。市民が一人、表門のところで歩哨に立っている)

コーラス 共和国万歳! もうフランスには暴君はいない! 権力くたばれ! 君主は我々だ! 独立万歳! 自由万歳!
クルヴェット (新聞を手に表門から入ってくる。サーベルと弾薬入れと警帽を持っている)大ニュース! 大ニュース!
全員 (集まって)何だ? 何だ?

(トトも舗石の上から下りてくる)

クルヴェット 今出たばかりの新聞だ。(読む)「本日2月25日、臨時政府が樹立した。フランスの政治体制は人民によって選択されることになるであろう」
フォラン氏 ああ!
クルヴェット (続けて)「共和制が望まれる」
全員 ブラボー! ブラボー!
クルヴェット (さらに続ける)「崩壊した権力への忠誠を誓っていた将軍にはすでに共和制への移行を支持する声明を出すものも現れた」

(新聞を他人に渡す)

全員 ブラボー! ブラボー!
クルヴェット (感動して)老兵は立ち去るのみ! この3日間の出来事を鑑みるに。
フォラン氏 (悲しげに)ああ、残念!
トト 悪いのは警察さ。
クルヴェット しかし、大家が帰ってきたらびっくりするだろうな。こうなっているとは思いもしないだろうに。建物の代金を払いにシャルトルまで行っている間に、建物が民衆に占拠されて、衛兵の司令部になっているとはなあ。
フォラン氏 事態は深刻。オム・アルメ通りは武装地域になったのです。ここを開放してくれて感謝していますよ、クルヴェットさん。
全員 ありがとうございます。
クルヴェット しかし、大家さんは怒り狂うでしょうね。屋敷のことにはうるさいからなあ。出かける日だってひと騒動。私が中庭にペッと唾をはいたらもうたいへん。
トト 大家の石頭!
クルヴェット 中庭の敷石、市街戦に備えてはがさないわけにはいかないでしょう・・・(笑って)それから、階段も封鎖です。もう、見るのもいやです。


第2場(前場の人物に加えてシュヴィヤール)

(シュヴィヤールが通りに姿を現す)

歩哨 (門をガードして)誰だ?
シュヴィ ここ、8番地2号でしょ?
歩哨 近づくな!
シュヴィ だってここは私の屋敷ですよ。入らせてもらいたいね。旅から帰ってきたんだよ。
歩哨 (銃床で地面をたたいて)近づくな!
クルヴェット (振り向いて)どうしたんだ?
シュヴィ (クルヴェットを見つけて)おい、ウチの門番じゃないか。入れてくれ。
クルヴェット 関係者だ。入れてやれ。

(シュヴィヤールが屋敷に入る。旅装である。寝袋に笠を持ち、腕には輪座布団を通している。誰にも視線をやらずに舞台の前面に進んでくる。トトは上手の材木のそばに坐って煙草をふかしている)

シュヴィ なんという革命だ!〔以下、本来は歌〕舗道の石ははがされている。銃声は鳴り止まない。まるで戦争じゃないか。そのなかをやっと家に帰ってきたと思ったら。(市民と衛兵を見て)これはどうも、みなさん!(挨拶をする)あ、あ! 中庭の敷石! はがしちゃったの?
クルヴェット (積み上げられた敷石をさして)はい、全部ここに積んであります。市民のみなさんがじつによく働いてくれました。
シュヴィ ほう、そいつはけっこう。「市民のみなさん」ねえ。(クルヴェットに小声で)こいつら、何者なんだ?
クルヴェット ここは司令部です。
シュヴィ 司令部!
クルヴェット 貸し店舗が空いてましたでしょ。
シュヴィ シャレたブティックにでもしようと思ってたのに、軍隊に使わせたのか! 煙草臭くてしょうがないじゃないか!(地面に唾をはいたトトを見て)おい、唾を吐くんじゃないよ。ちり紙を使うんだ。
トト 知るか。
シュヴィ (傍白)持ってないのか、このバカたれが! 持ってるのが身だしなみというもんだ。
クルヴェット だんな、ご存じですか。だんなが留守の間に我々市民の手で暴君を追っぱらったんです。
シュヴィ だからって、ウチの中庭の敷石をはがすことはないだろう。
クルヴェット 市民は喜んでいます。
シュヴィ べつに私は市民を喜ばせようとは思わん! その市民とやらをウチから追い出してくれ。
クルヴェット しかし、これは時代の流れというもので(トトが下手に移動する)
シュヴィ 我が家に時代の流れは必要ない! この分からず屋!
クルヴェット でも、だんなさん!
シュヴィ 黙れ!(周囲を見て)よくもメチャメチャにしてくれたもんだ! せっかく壁も塗り替えたのに。
クルヴェット (上手に移動して)今ちょっと我慢すれば、いずれ大きな報いがありますよ。
シュヴィ 黙れ! 後で話がある。(再び唾を吐いたトトを叱って)唾を吐くな! そのくらいマナーだろうに!

歌 「山の音楽家」
シュヴィ 俺はこの屋敷の オーナーだぞ
おごれる民衆 すぐに出て行け
王様万歳 ブルジョワ万歳
王様万歳 ブルジョワ万歳
どんなもんだ

市民たち わたしゃ改革派 街の労働者
おごれるブルジョワ 追っぱらいましょ
さあ集会だ さあ革命だ
さあ集会だ さあ革命だ
どんなもんだ

(シュヴィヤールが屋敷に入る。シュヴィヤールが輪を描きながらシュヴィヤールについていく)



第3場(前場からシュヴィヤールが退場。前場の人物に加えてクリケ、ローズ、パトロール隊)

クルヴェット 信じられない。(会話声で)だんな、市民を甘く見ちゃいけませんぜ!
歩哨 (奥で)止まれ! 誰だ?
クリケ (外で)パトロール隊、戻りました!
クルヴェット (上手に移動して)おお、パトロール隊か。

(パトロール隊が奥から入ってくる。クリケが号令をかける。クリケはヘルメットをかぶり、消防服を着ている。長いサーベル、大きなピストルを持ち、コールテンのズボンをはいている)

クリケ (パトロール隊を行進させて)前へ、進め! 全体、止まれ! 前へ、ならえ! 隊列、開け!(隊列の中央から買い物籠を持ったローズが出てくる)

ローズ ただいま、お肉屋さんに行ってきたわ。
クリケ 街なかは物騒ですから、エスコートいたしました。
トト (買い物籠の中身をのぞいて)また牛肉かよ、もう飽きちゃったよ。
クルヴェット 黙れ、クソガキ!
トト 向こうの連中は鶏肉なんか食ってたぜ。
クルヴェット この非常時にわがままを言うな!
ローズ (材木のそばに籠を置いて、中をまさぐる)あらいけない、お塩を忘れちゃったわ。戻らないと。
クリケ 市民4名、兵士1名。エスコートせよ!
クルヴェット いいよ、塩ならウチにあるから。さ、大鍋も持ってくるか。

(クルヴェットは上手から出ていき、すぐに大鍋をかかえて戻ってくる。鍋を材木のそばに置く。塩を籠のそばに置く。みんなで肉を鍋に入れて、鍋を火にかける)
クリケ あとは我らが料理人、ローズ嬢にお任せするとしよう。おいしいスープを頼みますよ。
ローズ もちろんお任せを。今度は私めが、おいしいスープを作って差し上げます。(ローズが大鍋のところに向かう)
クリケ そうだったな。レストランでは私がポタージュを作ったんだった。
クルヴェット (下手へ移動して)そうだ、だんなさんが帰ってきたぞ。
クリケ これはますます心強い。だんなは32番だな。
クルヴェット それがどうも。あんまり民主的ではなさそうだ。怒ってたよ。
ローズ (大鍋の様子を見ながら)火が弱いわ。焚き木をもっと燃やさないと。
クリケ さて、どうするかな?
トト (舞台の真ん中に進み出て)玄関の扉でも燃やしちまおうぜ!(表門を外そうとする)
クルヴェット これこれ、建物は大事にせんといかん。(トトが引っ込む)そうだ、倉庫に馬車があったな。あれを壊すか。
クリケ よし、私たちがやってこよう。
クルヴェット でも、だんなに聞いてからにするか?
クリケ しかし、司令部で必要なんだ!
クルヴェット そりゃそうだ。
クリケ 焚き木だ、焚き木だ。
全員 焚き木、焚き木!

(クルヴェットは上手から退場)

歌(省略)

クリケ (ローズにキスして)革命というのは、じつに良いもんだなあ!
トト (木切れを両肩に担いで帰ってくる)これは生木か。人民の敵だ!

(クルヴェットは下手へ移動。市民たちが焚き木を担いで戻ってくる。そのいくつかを鍋の下に入れて、残りの焚き木は舞台奥に並べる。クリケがローズの隣に腰を下ろす)

トト ちぇ! 煙草がねえや。
クルヴェット あのガキ、目障りだな。(傍白)よし、歩哨につけてやるか。(会話声で)31番!
トト はい!
クルヴェット 歩哨につけ!(トトは銃を持つ。兵士がトトを表門の歩哨につける。クルヴェットはクリケに言う)兵士は残すか?
クリケ 残さなくていい。
クルヴェット 私も同意見だ。
クリケ (立ち上がって)そろそろパトロール隊の出動時刻だな。煙草屋まで行かせるか。(会話声で)パトロール隊、出動だ!
クルヴェット (サーベルを抜いて)私が号令をかける。
全員 (整列して)パトロール隊、出動準備完了!
衛兵 どこまで出動しましょう?
クルヴェット 煙草屋までだ。左向け、左! 前へ、進め!
全員 イチ、ニ、イチ、ニ・・・

(クルヴェットの号令でパトロール隊が表門から出て行く。クリケほか、数名の市民が退場する。ローズほか、数名の市民が上手から退場する。舞台に残っているのは、歩哨のトト、下手奥のベンチに寝ている男)



第4場(シュヴィヤール、トト、寝ている男、クリケ、ローズ)

シュヴィ (部屋着姿で屋敷から出てくる。ハンチングをかぶり、丸く巻いた画布を腕にかかえている)ああ! 兵隊が階段を汚しやがった。私の寝室まで煙草臭くしやがった。トイレの中に何が会ったと思う? 吸殻だ! 道では市民が勝利の歌をうたっている。市民たちが心配だ。屋敷を壊されてはたまらんからな。そこで、名案がひらめいたってわけさ。(丸めていた画布をひろげると、書いてある文字を読む)「フランス人民の管理下にある国有財産につき壊すべからず」。これがあれば襲ってこないだろう。
クリケ (戻ってきて)だんなさま、お帰りなさい。
シュヴィ ああ、お前か。ちょうどいい。(傍白)どうせ、こいつが企んだんだろ。(会話声で)すっかり板についてるねえ。
クリケ 私、司令部の司令官であります。
シュヴィ お前が?(傍白)見習い給仕のくせに?(会話声で)誰から任命されたんだい?
クリケ 誰にも任命されないのであります。自分で任命したのであります。革命においては皆、自分で勝手に任命するのであります。どうせ使用人はバカですから!
シュヴィ よし、お前が司令官なら建物の壁によく見えるように貼り出してくれ。(画布を渡す)
クリケ 了解、了解!(貼り紙を持って表門から出て行く)


第5場(シュヴィヤール、トト、寝ている男、ローズ、クリケ)

シュヴィ (独白)司令部とは畏れいったね。(ローズが上手から戻ってきて、ふいごを持って材木の横の敷石の上に腰かけ、シュヴィヤールに背中を向ける形でふいごで火を興す)ああ、できることなら鞭打ってでも、司令部なんか追っぱらってやる。全員まとめてほっぽり出してやる。(振り返って火を興している人を見る)おい、何をしてるんだ?(ローズとは気づかずに)ウチの中庭で火を焚いていいなんて、いったい誰の許可でやってんだ?
ローズ (怖くなって立ち上がる)怒らないでください。私です。(傍白)まあ、意地悪な人。
シュヴィ おお、これは、ローズさんでしたか。お元気ですか?(傍白)相変わらず美しいなあ! 女は革命でも変わらないんだな。(周囲を見渡して)これでも屋敷かね。(会話声で)いや、あなただったらかまわないんですよ。(火がパチパチ音を立てるのでそばへ見に行く)こいつはウチの焚き木じゃないか。見りゃ分かる。ウチのを使いやがったな。(焚き木を一本手に持ち、ベンチに寝ている男のところへ行く)おい、ウチの焚き木だぞ。

(男がいびきを立てる。シュヴィヤールは男のそばを離れる)

ローズ お話しますわ。ほかに木がありませんでしたから。
シュヴィ まことにけっこうな理由ですな。
ローズ 今日が最初なんですよ。昨日は車止めを燃やしましたから。
シュヴィ 通りの車止めを! 歴史的価値があるんですよ。市民は文化を破壊するのか!
ローズ でも、クルヴェットさんが許可を。
シュヴィ あのおいぼれの、ろくでなし! いつか追っぱらってやるからな!
ローズ (傍白)まあ、嫌な人。(火に近づいて会話の声で)だったら火は消しますわ。あなたの焚き木の火は。
シュヴィ そうしてください。(優しい口調で)でも、あなた、消したら寒いでしょ。中庭は冷えますからねえ。じゃあ、焚き木をケチって使ってくださいね。(焚き木を2本、部屋着のポケットにしまいこむ)
ローズ (傍白)ケチって!・・・なんてケチなの。(ローズが大鍋の蓋を開ける)
シュヴィ 牛肉の煮込みスープ。ここの連中にはもったいないですな。でも、あなたの手作りなら、おいしいでしょうね。私もいただきますよ。
ローズ (傍白)うまいこと言っちゃって。(スープをかき回す)
シュヴィ (下手で敷石をひとつ拾い上げ、それを腕にかかえたまま前舞台に進んでくる。ローズのことを見ながら傍白)何て美しいんだろう。あのスープをかき回す姿。旅先でも彼女の姿が頭から離れなかった。カテドラルに入ってもだ。神聖な場で恥ずかしいことだが、中年男の私にとってはもったいないくらい可愛い女だ。(敷石を2つ重ねて置き、その上に腰かけてローズと向かい合う)ローズさん。
ローズ はい?
シュヴィ こうやって火のそばにいると、あなたのそばにいると、火なんかなくたって、温かい気持ちになります。(ローズは苛々してくる)
ローズ (傍白)まあ、何よ、いい年こいて!
トト (表門のところで)司令官! 中でたいへんなことになっています! 消防を呼びましょう。

(奥から帰ってきたクリケに対して、シュヴィヤールとローズを指さす)
シュヴィ (傍白)ああ、もう我慢できない。(会話の声に戻って、気持ちをこめて)ローズさん、あなたにお話したいことがあります。
クリケ (腰に提げていた当番表を手にとって眺め、サーベルでシュヴィヤールの頭を帽子の上からたたく)32番! 歩哨につけ! さあ、早く、もたもたするな!
シュヴィ 何をさせる気だ?
クリケ 歩哨につけ! 32番! 当番だぞ。
シュヴィ ほっといてくれ。ゆうべは眠ってないんだ。それに、私は衛兵ではない。
クリケ だんな、フランス人なら全員が衛兵をする。そういう状況なんです。
シュヴィ (立ち上がって)旅から帰ってきたばかりなんだぞ。特例を認めろ。
トト (上手に移動して)歩哨につかないやつは、射殺だ!

(トトは銃を構えてシュヴィヤールを地面に転がす。ローズも銃をかまえる)

シュヴィ (震え上がって)どうなってるんだ?
全員 さあ、歩哨につけ!
シュヴィ クソ!
トト 銃を持て。
衛兵 歩哨、交替!
ローズ ちょっと、やめて!
シュヴィ あ、キスなんかしやがった。
クリケ (火の前でくつろいで)いやあ、革命っていいもんですねえ。
シュヴィ (傍白)焚き火はともかく、歩哨までやらされるとは・・・(震えて)おお、寒い。(クリケは相変わらずローズといちゃついている。ローズが上手へ移動。クリケがローズを追いかける。シュヴィヤールがトトの前で立ち止まる。トトは木炭で上手側の壁に落書きをしている)お前、何やってんだ?
トト これですか、だんなの似顔絵。
シュヴィ やめないか。塗り替えたばかりなんだぞ。(トトを羽交い絞めにして)あっちへ行け。

(トトは逃げ出す。シュヴィヤールは壁の似顔絵を部屋着のすそで拭いて消す。シュヴィヤールが歩哨につくために表門から出て行く。ローズは鍋の近くに腰かけている)

クリケ (シュヴィヤールに)だんなさん、今日は2月25日。忘れられない日になりますね。(ローズの近くに腰かけてキスをする)



第6場(前場の人物に加えてクルヴェット、パトロール隊、衛兵、市民)

クルヴェット (表門から入ろうとして)歩哨さん、歩哨さん!
シュヴィ 何だ?
クルヴェット 誰何しなきゃ。「誰だ?」って。
シュヴィ 聞いてどうする。
クルヴェット パトロール隊のお帰りだ。(表へ出る)
シュヴィ 帰ってくるんだから通さないわけにもいくまいに。(傍白)追い出したいのも山々だがな。
クルヴェット (外で)整列! 進め!

(パトロール隊が入ってくる。先頭にはクルヴェット。彼らの全員がパイプを口にくわえ、銃剣の先から煙草のケースをぶらさげている)

クルヴェット 全体、止まれ! 右向け、右! 休め! 立派な行進であった。
シュヴィ 煙草ふかしてて?
トト これが市民的パトロール。
クリケ (隊の横を通って)煙草を買ってきたのか。これはちと行き過ぎではないか?
クルヴェット 正当な任務だと思います。
ローズ (真ん中に進み出て)みなさん、スープができました。
全員 いただきます!(舞台中央にベンチが運ばれてきて、その上に鍋が載せられる。クリケとクルヴェットが鍋を囲み、クルヴェットの横ではトトが地面に跪く。残りの者たちは、舞台奥の上手、下手に分かれてグループを作り、スープを食べる。その間の歌)

歌 『村の鍛冶屋』
おいしい食事は
疲れをいやす
朝昼晩とは 
言わないけれど
あつあつスープは
おふくろの味
しなしなキャベツは
革命の味

クルヴェット おいしいなあ。
シュヴィ 私も一杯もらおうか。
クリケ 歩哨は食べるな!
クルヴェット ここは司令官のテーブルだ。
シュヴィ そりゃすみませんね。(歩哨に戻る)
クリケ どうも変だな、誰か居ないぞ。
クルヴェット そういえば、アントニーはどうした? あの見習い公証人は?
クリケ そうだな、ちっとも顔を見ないな。
クルヴェット 本当だ。失踪したか? それともあまりに過激な改革派で、殺されたか?



第7場(前場と同じ人物に加えてアントニー)

アントニー (上手の地下室の窓から顔を出す)おーい、ここだよ!
全員 (振り向いて)アントニーだ!
アントニー 誰が上に居るんだ? みんなで何を騒いでるんだ?
クリケ 死んでなかったか。あんた、そんなところで何をしてるんだ?
アントニー 3日前から樽のワインを瓶に詰め替えてるんだ。
トト (立ち上がる。ほかの人々も立ち上がる)そうだ、ワインがないや。こっちにくれ!
全員 そうだ、そうだ!(ベンチと鍋を並べ替える)
シュヴィ (舞台前面に出てきて)悪いが、それは私のワインカーヴなんだよ。
クリケ 歩哨はしゃべるな!
シュヴィ (フォランビュッシュとトトの間を割って)言っておくが、まだ澱引きをしとらんワインだからな。
トト 澱引きだ。(アントニーに)デカンタしてくれます?
アントニー ここで?
シュヴィ (前へ出てきて)私は断固として反対だ。
クリケ 歩哨は持ち場を離れるな!
シュヴィ やめてくれ! いいヴィンテージのものなんだ。(表門に押し戻される)
クルヴェット ワインボトルの運搬準備、用意!(全員が2列に並ぶ。地下室の窓からまずトトにワインが渡され、次々にリレーでワインが運ばれる。シュヴィヤールは奥で頭を抱えている)

歌 『山の音楽家』
わたしゃ ワイン通
街のソムリエ
じょうずに コルク栓
抜いてみましょ
キュキュ キュキュキュ
キュキュ キュキュキュ
キュキュ キュキュキュ
キュキュ キュキュキュ
いかがです。

クリケ それでは同志諸君の健康を願って、乾杯!
全員 乾杯!(全員、ラッパのみ。アントニーが地下室から出てくる)



第8場(前場の人物に加えてグルヌイヤール。彼はサーベル、ピストル、三色旗を持って登場)


グルヌイ (表門から入ってきて、中央で直立不動。サーベルで地面を叩いて脅かす)武器を取れ! 市民よ、武器を取れ!
クルヴェット (飛び上がって)ひゃ、びっくりした! 食い物が脇へ入っちゃう。
全員 本当だ!(あちこちで咳をする音)
シュヴィ (舞台前面に出てきて銃をグルヌイヤールに渡す)はい、武器。
グルヌイ (きょとんとして)何の真似だ?
シュヴィ だって、「武器を」って言うから。(下手へ移動する)
クリケ (咳がおさまって)ああ、苦しかった。(グルヌイヤールに)何ですか? あなたは?
グルヌイ グルヌイヤールだ。新聞記者だ。革命政府の指令を受けてやってきた。革命軍に15名、兵士を調達したい。(みんな中央に集まる)
クリケ で、どうするんですか?
グルヌイ ヴァンセンヌを襲撃する。
全員 (しりごみして)私は嫌だよ!
アントニー (傍白)私は、地下でワインの仕事があるから。
シュヴィ どうした、腰抜けども。さあ、名乗りを上げたらどうなんだ?(傍白)15人もいなくなれば、追っぱらったも同じこと。
フォラン (ベンチの上に乗って)同志よ、我々は革命への姿勢を貫かねばならない!
全員 おー!
フォラン とりわけ、我が司令部においてはなおさらである!
全員 おー!(フォランはベンチから降りる)
グルヌイ 諸君は知らないのか?(全員が中央に集まる)政府軍は今夜、パリを総攻撃してくる模様だ。
シュヴィ (クリケとグルヌイヤールの間から出てくる)こりゃあ全員、名誉ある捕虜だ。
クリケ 捕虜なんかになるもんか!
シュヴィ しかし、ここに大砲を撃ち込まれたら?
クリケ 我々はどうなるんだ?
シュヴィ エッ、屋敷ごと吹っ飛ばされるのか?
クルヴェット (石の上に乗って)このままでは大変だ!
シュヴィ (そばに寄って)その通り!
クルヴェット (石の上から降りて)ここには表門しかない。
シュヴィ 逃げ道がない、逃げられないということか? 確かにそうだ。
クルヴェット そこでだ。逃げ道を作ることを提案したい。
シュヴィ (驚いて)ええ? 作るって、どこに?
クルヴェット (上手の壁をさして)ここだ!
シュヴィ 黙れ!
全員 作ろう。壁を壊そう。(みんな鉄器やらつるはしを持ってくる)
シュヴィ やめてくれ。私の屋敷だ。私の壁だ。
グルヌイ (シュヴィヤールを制して)革命だ! 壁が何だ!
全員 壁が何だ! 壊せ!(一部の人々は壁を壊し始める。残りの人々はクリケとともに上手から退場する)
シュヴィ ああ、壁が! オーナーの気持ちなんかちっとも分かってくれないのか?
声 (外で)ちょうちんだ! ちょうちんだ!
クルヴェット (壁から離れて)ちょうどいい。(ろうそくに火をつける)
シュヴィ 今度は何をするつもりだ?
クルヴェット 明るくするんです。3日前からこうやって使ってましてね。だんあさんも、帳面するときには便利ですよ。
声 (外)ちょうちん! ちょうちん!(表門の向こうに大きな梯子がかけられる)
クルヴェット (ろうそくをシュヴィヤールに渡して)照らしてやってください。みんな喜びますから。(シュヴィヤールがろうそくを持って奥へ行く。そして梯子に上る)
シュヴィ はーい、照らしてあげますよ!