バゲットの誕生

ある仏語クラスでパンをめぐるドキュメントを読んでいて、バゲットの歴史を述べた貴重な文献に出会った。
バゲットの起源はナポレオンの兵士が行軍中にパンを持ち運ぶ際に、ズボンの横にポケットを作って差したためにあの形になったという説があるが、それは出鱈目もいいところ。実際は1830年ごろにはすでに細長いパンがパリに存在していたことが確かめられている。完全に棒のようになったのは1839年にウィーンからやってきたアウグスト・ザングなる人物がパリに開いた「ウィーン風パン屋」が起こりとされている。このザングはウィーンからクロワッサンももたらしたらしいので、まことフランスの象徴たるバゲットとクロワッサンはいずれも一人のオーストリア人の創案にかかっていることになる。
これはフランス・ナショナリズムの見地からはあまり大声で言ってはいけないことらしく、ザングとクロワッサンとの関係を研究した書物も英語によるものばかりだ。ウィキぺディアに記事もある偉大な人物なのに、その仏語ページもない。
バゲットがフランスで大々的に普及したのは1920年に、パン屋の午前4時前からの労働を規制する法律が制定されてからのことだという。そんなに古い話ではないのが驚きである。これはどのような意図がある法律なのか分からないが、過酷な労働を緩和する目的があったものと推測される。しかし、この法律によってフランスのパン屋は、従来の丸いパンに代わって、焼き時間が短くて済む、棒状のパンを主力にすることになった。これがバゲットの普及のきっかけになったことは間違いない。