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01-006 音楽と次元

 あるとき劇場の椅子に座っていたら、近くのお客さん、もちろん若い人がこれから始まる芝居のことをさして「わたし、3次元ひさしぶりだわ」と言うので驚いたことがある。思わず、ふだん何次元に生きてるんだ?、とツッコミたくなったが、そのことを知人に話すと、案外最近の言葉づかいとしてはフツーなんだそうだ。まあ、言いたいことは分かる。活字や映像やマンガが2次元で、フランス語で言う、生身の身体表現をむねとした「スペクタクル・ヴィヴァン」が3次元なのだと。マンガが原作の芝居を「2,5次元」って言うんですよ、と知人は付け加えてくれたが、そんなことはどうでもいい。

 川田順造さんが書いた、アフリカにはそもそも「歴史」なるものが存在するのか、という問題提起をする文章を読んでいたら、アフリカには音楽のような「1次元」の表現はあっても、エクリチュールという「2次元」の表現は成立しなかった、とくだりがあって思わず考え込んでしまった。音楽って1次元なのか?、という疑問だ。

 そもそも1次元とは何か確かめてみた。要するに「単線」の世界であり、直線と曲線と円周からなる、とあった。つまり「矢印」にしたがって一方向あるいはその反対方向にしか行けない世界だ。明解である。体系としては平面が2次元で、空間が3次元だ。列車は1次元的移動、自動車は2次元的移動、飛行機は3次元的な移動と言える。

 さて問題は音楽をどう考えるかだ。これがやっかいなのは「時間」が1次元であるという解釈があるからだろうと思う。その一方で詳しいことはさておき、4次元なるものを想定すると「時間」こそがその軸になると考える人もいる。過去にも未来にも自在に行ける世界だ。

 少しウェブ上の調査を続けてみると、やはり音楽が一次元だという考え方は少ないようだ。音楽と音そのものを区別して論じている人でも、音楽における音は「時間」と「振幅」のふたつの軸を必要とするから少なくとも2次元であり、それが伝達する空間性まで考慮すれば3次元だと解説してくれている。しかし、たとえ振幅を必要としていても運動方向としては矢印にしたがうしかないのだから1次元なのだという考え方も一理あるような気がする。

 どうやらこの問題は禅問答のような次元に入っていくらしい、ということだけは分かった。