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1-002 カラシニコフ

 4月の文学座アトリエ公演へ向けて稽古が始まったミシェル・アザマの『十字軍』には、パレスチナの紛争地域に生まれ育ち、愛し合ったり殺し合ったりする若者たちが登場する。その名前から察するよう、イスマイル少年はアラブ人(イスラム教にイスマイル派という宗派がある)、ヨナタン少年は旧約聖書でおなじみの名前であるからユダヤ人である。となるとイスマイルの兄貴分のクリムもアラブ人、逆に敵陣へ行ったイスマイルを迎える少女ベラはユダヤ人ということになる。

 ところがいずれの陣営であるかにかかわらず、手にする最強の兵器はカラシニコフと相場が決まっている。ソ連製の優れた銃だという認識しか持っていなかったのだが、どちらかといえばソ連から武器を調達していたのはパレスチナ側だろうと、図式的に考えていただけだったので、それをイスラエル側も持っているのはなぜなのだろうと興味を持った。

 カラシニコフは、ギロチン、すなわち仏語ではギヨチヌがその考案者ギヨタン博士の名からきているよう、考案者の名前である。ならばカラシニコフとはどういう人物なのだろうか。

 ミハイル・チモフェヴィチ・カラシニコフは1919年に農家に生まれた。まだ存命である。一家はスターリンによる富裕農民摘発によってシベリアへ流刑。ところがカラシニコフ青年は持ち前の不屈の精神を発揮してシベリアを脱出。命の危機を何度も奇跡と偶然で乗り越えながら故郷に戻る。その後、兵役につき第二次世界大戦中、独学で銃の改良に着手し、新型の短機関銃(短銃と機関銃の中間みたいなもの)の開発に成功した。ここまでの波乱万丈の生涯は月並みな歴史小説よりもはるかに面白い。(『カラシニコフ自伝』朝日新書)

 その後、カラシニコフ銃はソ連軍に正式採用され、氏もソ連の重職を担うようになる。けれども今までカラシニコフ氏が自分の人生を明らかにしなかったのは、自分がソ連邦から脱走した過去を持つからだ。

 製造物は製造者を超えていく。イスラエルはその銃の性能に注目してカラシニコフ銃を自力で製造。ベトコンもキューバ革命も、カラシニコフの存在なしには成し遂げられなかった。ソ連体制の象徴か、はてまた抵抗、解放の武器か。ソ連のために作られたカラシニコフがソ連を崩壊させた歴史の皮肉がここに見てとれる。