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1-001 隕石あるいは光のこと

 ロシアに隕石が落ちた。ひときわ明るい光の玉が空に浮かぶ。それが糸を引きながらどんどん大きさを増し、衝撃的な閃光をはなって爆発する。予期せぬ出来事とはいえ、たまたま何かをビデオで撮影していた人がいるもので、一瞬の爆風でガラスが割れたり、天井から物が落ちてきたりする様子もニュースで流された。被害にあった人たちには失礼だが、それにしてもあの閃光には美しさを覚えた。太陽だってあんなに輝くものではない。

 

 しばらく前に見た『メランコリア』という映画を思い出した。巨大な惑星が地球に衝突する映画だがSFという趣向ではない。接近する惑星の影響からか、主人公の花嫁は幸せの絶頂にあるにもかかわらず、しだいに精神を崩壊させていく。週末の日を前にした人間の日常生活と異常な心理を描いた作品で、主演女優がカンヌで女優賞をとっている。全編に流れる「トリスタンとイゾルデ」の前奏曲が不気味な美しさを醸し出していた。

 

 人災は防げても天災は防げない。自然災害は防ぎようがないとは言うが、人間のほうから逃げ出す手はないわけではない。台風の来ない地域はあるし、地震のないところだってある。現実的にはそういうところへ移住することは不可能だとしても、理論的には人間は自然災害を避けることができる。しかし、空から突然落ちてくる隕石に対しては、これはもちろん稀なことなのだが、いつ、どこで起こるかは分からない。隕石がもしも原発に落下したら、と考えた人も多いだろう。

 

 隕石が爆発する瞬間の光をテレビで見ながら、この強い光を先日、上野で見たエル・グレコ展でも見たと思った。たとえば最晩年に描かれた傑作「羊飼いの礼拝」のなかで、幼子イエスに上空から降りそそぐ白く強烈な光などそれを思わせる。また、上野にはなかったがグレコが描く風景画も、空からは強い光が洩れていて、トレドに隕石でも落ちたのかと言いたくなるほどだ。

 

 神は光あれと言われた。神は光であった。聖書をひもとけば光に絶対者のメタファーを求める記述に随所で出会う。もちろん光の源は太陽であり、太陽を神に見立てる宗教もいたるところに存在する。天照大神だって大日如来だってやはり太陽のことなのだろうと思う。けれども昨日ロシアに落ちた隕石の光を見ると、太陽よりももっと神々しい光がこの世にあったのだと思わざるをえない。具体的に何をというわけではないが、どこか啓示的な気分になったのは嘘ではない。