0010 『近代訳語考』

 地元の図書館の書庫深く眠っていたのを請求して貸してもらったこの本は昭和44年に刊行。明治の初期に欧米の概念がどういうプロセスを経て熟語化されたかをめぐる研究書である。著者は広田栄太郎という旧制七高の国語の先生である。同じような研究としては近年は柳父章(『翻訳語成立事情』)のものがあってこれも面白いのだが、広田先生はおそらくシャレた方だったのだろうか、取り上げられている語は「彼女」「恋愛」「蜜月」「接吻」と、相当にやわらかい。ただしこの本は「論考」というより、さまざまな文献からの用例集のような趣が強い。しかし、現在にまでつながる訳語が定着するまでの、それこそカオスのような自由自在(に見える)な熟語の数々にふれると、ラブレー的な文体の横溢する時代が日本にもあったのだ、と感慨ぶかい。なお、本書はこれから「喜劇」「悲劇」の訳語の探求へと向かう。それはいずれ。