0009 「善き人」(映画)

 いい映画を見た。ナチス時代、ベルリンの大学でプルーストを講じる小説家、文学者がかつて自分が書いた、「恩寵による死」を人権擁護として肯定する小説をナチスに利用され、権力にちやほやされながら、なしくずし的にナチス党員となっていく恐ろしい話だ。けれども主人公はユダヤ人の友人を救おうと奔走するし、自分がユダヤ人迫害にかかわっていくにつれてマーラーの音楽が幻聴として聞こえるようになってくる。原題「グッド」の意味は深遠だ。恩寵も善、保身もまた善、愛も善(女学生に言い寄られて、妻と別れてしまうのだ)、人間による人間の迫害に苦しむのもまた善だ。人は善に導かれて人生を歩んでいくが、善とはまったくの悪でもある。つまりここでは「倫理」そのものが人間にとっていかなる意味を持つのかが問われているのだ。こういう映画は貴重だ。劇作家C・P・テイラーの舞台作品の映画化だという。舞台もぜひどこかで見たい。
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