オム・アルメ通り8番地2号 第4幕

第四幕


(中庭に門番の番屋が大道具で組まれている。番屋は上手側にあり、室内が見えるようになっている。番屋の大きさは舞台のほぼ半分を占めている。番屋の真ん中には、だるまストーヴとその排気管。上手奥には別の部屋に通じる扉。下手には中庭が見えるガラス戸。ガラス戸のそばには棚板がついた小窓。上手には整理だんす。その上にはフォーク、ナプキン、パン、新聞が置かれてある。上手の扉近くの奥には給水場。その横にはテーブル、ヴォルテール型のひじかけ椅子。整理だんすの近くには壁に小さな鏡が掛かっている。さらにその上には腕時計がかかっている。そのほか、椅子が何脚か。全体的に室内は快適な雰囲気。中庭の奥は塀で塞がれている。塀と番屋の間には通路があって、それを通って上手の家に入れるようになっている。下手側の手前には正面の門へと通じる通路。番屋の近くには高々と薪が積み上げられている)



第1場(番屋の中にはクルヴェット。中庭にはシュヴィヤール)

クルヴェット (ひじかけ椅子に寝そべるように座って新聞を読んでいる)「市民クルヴェット氏、職業・管理人がくじ引きの結果、12月下旬担当の裁判官に当選した。これからはそういうことだ・・・まだ大家には言ってないんだが・・・事の自然な成り行きってもんだ・・・市民の権利だ。
シュヴィ (上手の通路から登場する。寒さに震えながら足をガクガクさせて)ブルル! ブルル!・・・今朝は寒いなあ!・・・中庭を歩いて・・・体を温めよう・・・金もかからんし!・・・口に出すのもわびしいが・・・不肖シュヴィヤール、資産はあれども薪がない!(薪を見て)ああ、いい薪だ!・・・門番のやつは幸せだなあ!・・・これが上にもあったら、下で震えなくても済むのになあ!・・・(歩き回って)番犬め! 番犬め!
クルヴェット いやぁ、ここはポカポカだな!・・・小窓を開けよう!・・・(小窓を開ける)
シュヴィ こんな屋敷を買っちゃって、しくじったような気がしてきた・・・商売もうまくいってたし、幸せだったし、心配事もなかったし、たっぷりメシも食えたし、暖かかった・・・小金も貯めこめた・・・それが今じゃ借金まみれ!・・・税金だってある!・・・おまけに修繕費だ!・・・あの天井を直すの、バカになんないんだからね!・・・とうとうおとつい、古道具屋に腕時計を売った・・・音の出る高級腕時計だよ!・・・それが今じゃ、間借人から時間を教えてもらう始末・・・あいつらが私にしてくれることといったら、それだけだ!・・・(歩き回る)番犬め! 番犬め! 番犬め!
クルヴェット (立ち上がって上手の時計を壁から外しに行く)こりゃ、なかなかの買い物だったな・・・記念に買ったんだ・・・古道具屋に出てた!・・・鳴らしてみよう・・・いい音なんだよなあ!・・・(時計を鳴らしてから懐にしまう)
シュヴィ 売れるものはみんな売っちまったから、何にも残ってないや。昼飯だってどうしたらいいのか?・・・つらいねえ!
クルヴェット (ストーヴにかけてあった片手鍋を見に行く)お、シチューが焦げちまう!(鍋に水を足して、再び火にかける)
シュヴィ ポケットをひっくり返したって・・・
クルヴェット (整理だんすの引き出しから財布を出しに行き、座る)どのくらい貯まったかな?・・・
シュヴィ 一銭もない!
クルヴェット 700フランか・・・たいしたことないな!
シュヴィ 昼飯を食べなきゃ・・・質屋に行っても・・・私にあるのはこの屋敷だけ・・・石を切って持ってったて、金は貸してくれないしなあ!
クルヴェット この金、どうしようかな。
シュヴィ ああ、屋敷の一部分だけ、取り外せたらなあ!・・・そうだ、よろい戸が外せる!・・・(番屋のよろい戸を外す)
クルヴェット (財布を閉めて)恩給も出なくなったからな・・・株にでも投資するか。
シュヴィ (よろい戸を肩にかついで)これで何とか昼飯は食える。夕飯は雨樋でも売ろうか・・・(下手の通路から退場)質屋へ行くか。
クルヴェット (整理だんすの上で手紙を書く)証券取引人さま!



第2場(クルヴェット、ローズ、クリケ)

ローズ (上手の扉から入ってくる。片手で鍋を持ち、もう片手には小さなボール箱を持っている)こんにちは、クルヴェットさん!
クルヴェット (手紙を書き終えて立ち上がる)おやまあ、ローズさん!
ローズ ストーヴでミルクを温めさせてもらってもいいかしら?
クルヴェット どうぞ・・・よく言うでしょ、1人分は2人分って。(ローズの手鍋を取ってストーヴの上に置く)
ローズ (自分の体を温めて)ねえ、クルヴェットさん、あの人に話してくれた?
クルヴェット (ひじ掛け椅子に座って)誰にです? ああ、あんたのクリケにか。
ローズ ゆうべも帰って来なかったのよ・・・これでもう2週間も、顔を見てないわ。
クルヴェット 私もそうさ・・・毎朝、あいつは7時に家を出て、そのまま真夜中まで帰って来ない。・・・召使の制服を脱いでからというもの、迷惑ばかりかけやがる!・・・黄色い手袋をしていても、白い手袋をしているようなもんだ。(原註 意味不詳)
ローズ ああ、神様、あの人、結婚の約束をしてくれたのに!
クルヴェット プッ!
ローズ プ?
クルヴェット プって、・・・そりゃあいつの勝手ですけど。
ローズ 私のことを恨んでるのかも。この前、私にキスをしようとしたとき・・・
クリケ (上手の扉から入ってきて、立ち止まらずに中庭を横切る)開けろ!(下手の通路から退場する)
クルヴェット (話をやめてしまったローズに)続けてくださいよ。
ローズ 私にキスをしようとしたとき・・・私が怒って・・・で・・・
クリケ (外で)開けろ!
クルヴェット (ユーモアたっぷりに)ほら、邪魔が入った!
クリケ (外で)開けろ、頼む!
クルヴェット (小窓から勢いよく首を出して)開けてください、くらい言えないのか!
クリケ (外で)おい、開けろ!
クルヴェット (小窓を閉じて)だったら開けてやるもんか!(ローズに)続けてください。
クリケ (怒って中庭に戻ってくる)おい、ひっつき野郎、開けないのか?(クリケは流行の服を着ている。格子柄のズボンをはき、鼻眼鏡にステッキ。エキセントリックな恰好)
ローズ (番屋から勢いよく飛び出して、中庭に出て行く)その声は!・・・あの人だわ!
クルヴェット (ローズの後を追って)クリケ!
クリケ (傍白)ローズ!・・・見つかっちまった!
ローズ (クリケに)とうとう見つけた!
クリケ (困って)どうも・・・
ローズ どうして2週間も顔を見せてくれなかったの?
クルヴェット そうだ、わけを話せ!
クリケ (クルヴェットに)門番さんよ、頼むからお仲間のところへ世間話にでも行っててくれないか。
クルヴェット え? お仲間?
ローズ (クリケに)私たちの結婚の告知はどうするの?
クリケ そのうち分かるよ、私の立場、私の人間関係が。
クルヴェット (傍白)こりゃとんだ破局だ!
ローズ それはそうと、何なのこの恰好?
クリケ (舞台中央に進み出て)朝の身だしなみってもんさ!(威勢よく)これはな、イタリアン大通り8番地、クラックマンのオーダーメイドだぜ! 輸出向けの代物よ! 生地をみてみろ、シャレた仕上げだろ、革にもひけをとらない持ちのよさよ。
クルヴェット こいつ何をほざいてんだ?
クリケ (クルヴェットに)世間話に行ってなって。
クルヴェット (傍白)こりゃ大騒ぎだ。(番屋のなかに肩をそびやかしながら入り、中を行ったり来たりする)
ローズ (クリケに)説明してください。私、友だちにも、結婚するって知らせたのに、どうするつもりなの? 結婚するの、しないの?
クリケ (うぬぼれるように)するでもない、しないでもなし。どうしようかな、迷ってるんだ、相談しないと。
ローズ (傷ついて)ああ、分かったわ。決めたわ、お別れね!・・・安心してね、後を追いかけたりしないから。私、出て行きます。家財道具は後で取りに来るわ。追いかけてこないでね。
クリケ おー!

歌 「別れの曲」ショパン
ローズ 花嫁 衣装を
着る日を 夢見ていた
   春の日
あなたのことを 想って
待ってたのに
つれない あなたは
どうして 逃げていくの
教えて

クリケ さよなら わたしの
いとしい フィアンセよ さよなら
言えない 許して
どうしても 言えないの
わけがある

ローズ 開けてください!
クルヴェット (番屋のドアのところでクリケに)ください、って言やあ、開けてやるんだよ。(綱をひく。ローズが下手の扉から勢いよく出て行く。扉が閉まる音がする)




第3場(室内のクルヴェット、中庭のクリケ、アントニー)


クリケ 結婚、一文無しの女と! きれいな人だ、優しい人だ、一時の恋の相手、遊び相手ならこんなふうに言いはしない。けれども結婚となると・・・お断りだ・・・(大声で)開けろ!
クルヴェット (小窓から首を出して)ください、と言え!
クリケ いやだね! 頭にくるな!
クルヴェット (冷たく小窓を閉めて)勝手にしろ!(整理だんすに新聞を取りに行き、ひじかけ椅子に座って新聞を読む)
クリケ (中庭を歩き回りながら)あいつ、俺をバカにしてるのか? クラックマンから毎日15フランの日当をもらってるのは、こんなことをするためじゃないんだぞ。これを着て街なかを歩いて、店のビラを配ってるんだ! ビラまきマネキンって言うんだ。バカみたいだがな。
クルヴェット (新聞を読みながら)ヘッ、こいつはいいや! 連中ガキみたいに扱われてるぜ!(誰かが門をたたく)
クリケ (傍白)誰か来たぞ。
クルヴェット (機械的に綱をひいて)どうぞ!
クリケ (小窓に)ざまあみろ! 俺も出て行くよ!
クルヴェット (勢いよく立ち上がり、小窓から顔を出して叫ぶ)閉めてけよ!(クリケが出て行こうと何歩か歩くと、門が閉まる音。クルヴェットは安心して椅子に座り、新聞を読み続ける)
クリケ (カンカンになって戻ってきて)この野郎! お前んちの階段にクソぶちまけてやる!
アントニー (下手の通路から登場して、小窓から話しかける)ローズさんをお願いします。
クルヴェット たった今、出て行きましたよ。
アントニー お伝えください、公証人トゥルトワ事務所へおいでください、と。
クリケ (傍白)どういうことだ?
アントニー 重要な案件があります。(アントニーが手帳を見ながら下手へ向かう)
クリケ (傍白)はて、公証人がローズに? どういう風の吹き回しだ?(出て行こうとするアントニーの肩をステッキで叩く)どうも、こんにちは。
アントニー (驚いて振り向く)失礼ですが、どちら・・・(気がついて)クリケさん!
クルヴェット (新聞を置いて腕時計を見る)さあ、八時だ!(立ち上がる)元気出して行こう!(番屋のなかの上手の扉から出て行く)



第4場(クリケ、中庭のアントニー、番屋の中のクルヴェット)

アントニー (クリケを眺めて)何の恰好ですか?
クリケ 朝の身だしなみ。イタリアン大通りの輸出用オーダーメイド紳士服のクラックマンに雇われてるんだ。この生地、この繊細さ、革同様の持ちのよさ。
アントニー (笑って傍白)チラシの文句そのままだ。
クリケ ところで、この屋敷に仕事かい?
アントニー ああ、ローズさんをご存知でしょ。じつは遺産相続の件で・・・いろいろありまして・・・ちょうどいい・・・計画があるんです。
クリケ (傍白)遺産相続!・・・ちょうどいいや・・・(会話)帰るのかい?
アントニー ええ。
クリケ (アントニーの腕をとって)離れないよ。じつは仕事の話があってね・・・土地を私、今・・・
アントニー え? 土地をお探しで?
クリケ ああ。(傍白)いいぞ!
クルヴェット (上手の扉から部屋に戻ってくる。外出着になっている)できた!(鏡に姿を映す)
クリケ (大声で)開け・・・(言いやめて、小声でアントニーに)あなた、言ってよ。
アントニー (小窓のところへ行って大声で)開けてください!
クルヴェット (綱をひいて)どうぞ!(アントニーが下手の通路から出て行く)
クリケ (番屋のガラス窓を頭で割って)バカ! 出て行くぞ! ください、なんて言うもんか!
クルヴェット (大声で)無礼者!(クリケは走って出て行くが、その時入れ替わりにシュヴィヤールがよろい戸を背負って入ってきて、クリケと衝突する)




第5場(中庭のシュヴィヤール、番屋のクルヴェット)


シュヴィ 気をつけろ、バカ!(舞台前へ進んできて)質屋に行ってきた。まだ開いてなかったから、よろい戸を担いで行列に並んだ。9時になって、よろい戸を質屋に見せた。頭ごしに言われたよ、「材木じゃ金は貸せないよ!」って。畜生! でも昼飯を食わないと・・・(よろい戸を背中から下ろす)
クルヴェット (鍋をかき回して)いい色になってきた。(再び火にかける)
シュヴィ (匂いをかいで)ああ、いい匂いだ。門番と談判だな。(番屋のなかに入る)こんにちは、クルヴェットさん。
クルヴェット (乱暴に)ああ? あんたかい、こんちわ。
シュヴィ ここは暖かくて気持ちいいね。
クルヴェット (ひじかけ椅子をストーヴと整理だんすの間に出して)おかけになってください。(シュヴィヤールが座ろうとすると、クルヴェットがそれに座ってしまう)そっちの椅子にどうぞ。(シュヴィヤールが椅子を出してストーヴのそばに腰かける)暖まってください。(ストーヴの上に足をのせて)私は貴族ではありませんから。
シュヴィ どうも、クルヴェットさん。(匂いをかいで)いい匂いがしますな。
クルヴェット (ポケットから書類を出して手渡す)また通知が届いてますよ。
シュヴィ どうも。(読む)「24時間以内に税金を納付するように・・・」(傍白)ああ、クソ!税金か!
クルヴェット (傍白)屋敷なんか買うから・・・(会話)3日前からお預かりしてました。
シュヴィ (激しく)3日! 3日も黙ってたの?・・・(丁重に)そんな・・・言ってくれればよかったのに。言ってくれたっていいじゃありませんか。(匂いをかいで)ああ、いい匂いがするね。
クルヴェット (立ち上がって)そうでしょ・・・オーデコロンを塗って髭をそってますから。(ひじかけ椅子を部屋の奥へ持っていく)
シュヴィ (クルヴェットの顔をしげしげ見て)なるほど、さっぱりしましたな。
クルヴェット (飾り気なく)ええ、出かけるもので。
シュヴィ (おずおずと)ほう、すると、この番小屋は?
クルヴェット こんなもん! 私、裁判官に当選したんです。6週間の休暇を頂戴します・・・と、こういうわけで。
シュヴィ 6週間!・・・そりゃいいが・・・この番小屋はどうするんだ?
クルヴェット 何ですか? 私から市民の権利を取り上げようとおっしゃるんで?
シュヴィ そうじゃない。誰が門を開けるんだ?
クルヴェット 少しばかり開けたままにしておきましょう。
シュヴィ 6週間も・・・少しばかり開けたまま・・・
クルヴェット それじゃマズイなら、そう言ってください。
シュヴィ (立ち上がって)まあまあ、落ち着いて・・・あなたは怒りっぽくていかん。
クルヴェット こんな屋敷に居たって何にもなりゃしない。ここへ来てから6か月、まだあんたの金を見たこともない。カリフォルニアの金鉱じゃあるまいし。
シュヴィ 金はそのうち払う。なにしろ家賃が入ってこないことにはな。(椅子をかたづける)
クルヴェット 言わせてもらいましょうか。もうこんなボロ家は御免蒙ります。
シュヴィ ボロ家だと!
クルヴェット だったら給料くださいよ! 金がないないって、ほかに言うことないのかい!
シュヴィ (きっぱり)よし、なら書面で約束しよう。
クルヴェット 吸い取り紙で吸っちまうんだろ。よせやい!
シュヴィ クルヴェットさん!
クルヴェット そんな出まかせ、信じられないって言ったら?
シュヴィ (上手へ移動して)無礼者! 出てけ! 追い出してやる!・・・お前なんかもう、私の屋敷の人間じゃない!(二人は番小屋から中庭へ出る)
クルヴェット ヘェ! そうかい、だったらイヤでもここに居てやろうじゃないか!
シュヴィ ひどいこと抜かしやがる!
クルヴェット なら給料のかわりに2階の一部屋を貸してもらおうじゃないか。30フランで10ヶ月・・・
シュヴィ お断りだ!
クルヴェット 2階で飲み食いして寝てやる。床に唾を吐いてやる。楽しいね、こりゃ。(地面に何度か唾を吐く)ああ、楽しい。

(歌 省略)

クルヴェット (出て行こうとするが、急に戻ってきてシュヴィヤールの手に一枚の硬貨を握らせる)三途の川の渡し賃だ、取っておきな。(下手の通路からさっそうと出て行く)



第6場(シュヴィヤール、紳士)


シュヴィ (ひとり、憤慨して)40スー。(硬貨を放り投げるふりだけして、ポケットにしまう)やれやれ!(番小屋に入る)2階に店子が入ったか。それにしても、いい匂いがするな・・・しかし、門番をどこで見つけよう?・・・どうやって給料払おう?(誰かが門を叩く。シュヴィヤールが機械的に綱をひく)あ、自分で開けちゃった。思ったよりも簡単だな。私が自分で門番するか!
紳士 (下手から上手へ中庭を横切ってきて、謎めいた様子で小窓を叩く)マダム・フォランビュッシュはおいででしょうか?
シュヴィ (帽子を脱いで)はい。
紳士 ご主人は?
シュヴィ はい。
紳士 シーッ!・・・では、出直して参ります・・・(小窓の縁の台に百スー硬貨を置いて、足早に中庭を横切り、下手の通路へと消える)
シュヴィ (呆然として百スーを取り上げる)百スー!(喜んで)百スーだ! 大家になって10ヶ月、こんなに金をもらったのは初めてだ。もう金なんかもらえないと思っていた。(金をポケットに入れる)大家で門番をやってるやつだっていっぱいいるさ。それにしても、いい匂いだな。(誰かが門を叩く。シュヴィヤールが綱をひく)また金が入るぞ!(番小屋から飛び出す)ようこそ、いらっしゃいませ!



第7場(シュヴィヤール、ローズ)


ローズ (何気なく中庭に入ってくる。手にはダンボール箱を持っている)ねえ、クルヴェットさん、私のミルク、火から外してくれた?
シュヴィ ロ、ローズさん!・・・ご機嫌よろしゅうございますか、ローズさん?
ローズ (驚いて)シュヴィヤールさん!(困惑して)クルヴェットさんにミルクを温めてもらってたんです。
シュヴィ べつに、よろしいじゃありませんか。
ローズ (番小屋を見て)あら、いないの? クルヴェットさん、お出かけ?
シュヴィ クルヴェットはもういません。今後は私が門番です。
ローズ (おずおずして)あら、それは残念ね。
シュヴィ 何か?
ローズ (少々困惑して)いえ、お料理を火にかけてもらってたもので・・・時々・・・
シュヴィ (感激して)これからは私の火はあなたの火。どうぞお入りください。(ローズが番小屋に入る。シュヴィヤールも彼女の後から入り、ストーヴの両側に椅子を出して並べる)
ローズ まあ、ご親切に・・・(ダンボール箱を整理だんすの上に置いて、ためらいがちに)でも、どうなってるんですか?・・・大家さんが門番になったりして・・・
シュヴィ (愛想よく)それは私が失敗したからです、大損をしました、破産です。
ローズ (同情して)まあ、可哀想! 株でもおやりになったの?
シュヴィ ちがいます。間借人たちです。家賃をなかなか払ってくれないんです・・・まだ一銭たりとももらったことがないんです・・・
ローズ (頭を垂れて)あら、そうでしたの。
シュヴィ (力強く)これはあなたに言ってるんじゃありません。あなたにだからお話します。あなたからもお家賃を頂戴したことはありません。それはあなたが賢い人で、自分で働いて稼ぐしかない人だからです。きっと仕事がうまく行ってないんだろうと・・・
ローズ (傍白)まあ、何て真心のある方!
シュヴィ (突然)ローズさん、あなたに打ち明けたいことがあります。
ローズ (ストーヴのそばに寄って)ああ、ミルクのこと忘れてたわ。(手鍋を外す)あなたのシチューのわきにどけてあったわ。
シュヴィ シチュー? え? シチュー?(ストーヴから鍋を外して)これだったのか、いい匂いがしてたのは!(中身を見て)ウサギの肉とジャガイモのシチューだ。こいつはごちそうだ! まるでアラビアン・ナイトの世界だ。
ローズ (鍋を見て)私は、お昼、何にしましょう?(ミルク鍋を自分の後ろに置く)
シュヴィ (シチューの鍋をストーヴに戻して)何にって?・・・ローズさん、言わせてください。
ローズ はい。
シュヴィ 私と一緒にお昼を食べてください。
ローズ あら、ありがたいわ。
シュヴィ さあ、遠慮なさらずどうぞ、私の向かいに座ってください。
ローズ では、お言葉に甘えて。

(二人で食事をする)

歌)省略

ローズ おかしいわ、あなたのこと怖くなくなったわ。
シュヴィ え? 私が怖かった?
ローズ ええ、お金持ちで、資産家で・・・
シュヴィ 今の私はもう、そうじゃありません。これからは一生、門番です。しかし何てこった、この期に及んで何もかもがある。愛する人、わずかばかりの金、あとは何が必要だ、幸せになるためには? 屋根か。それもある。
ローズ (食べながら)それに、ウサギとジャガイモのシチュー。
シュヴィ そして、あなたのような優しい女性と結婚できたら!
ローズ (フォークを持ったまま急に立ち上がり)何ですって! 私と結婚したい!
シュヴィ (ナプキンを脇に挟み、ローズ同様フォークを手にしたまま、情熱的に)ローズさん! あなたに言いたいことがあります。

(誰かが門を叩く)

ローズ (鍋のなかにフォークを投げて)誰か来たわ。
シュヴィ (ナプキンとフォークを捨てて綱をひく)畜生! 間の悪いやつめ!(中庭へ飛び出して行く)誰だ?




第8場(シュヴィヤール、中庭のアントニー、番小屋のローズ)


アントニー (下手の通路から勢いよく入ってくる)ローズさんはいらっしゃいますか? ローズさんはどちらですか?
シュヴィ こりゃ何の騒ぎだ?(ローズは番小屋の入り口まで出てくる)あそここですが。
ローズ (番小屋から出てきて)何でしょうか?
アントニー お嬢さん、私はあなたを愛しています。あなたの心が、手が、愛がほしいのです。
シュヴィ はぁ?
ローズ でも・・・
アントニー 時間がありません。もうひとり、ライバルが来ます。



第9場(前場の人物に加えてクリケ)


クリケ (下手から走りこんできてアントニーを突き飛ばす)ローズは? どこだ、ローズは?
全員 クリケ!
クリケ ローズ、愛してるよ!(言いなおして)好きだ!・・・(傍白)このほうが熱がこもってるな。
シュヴィ (クリケを見て)お前、何ちゅうカッコしてんだ?
クリケ あ、そりゃそうなんで。見たのはじめてでしたね。(シュヴィヤールの近くに寄って)朝の身だしなみ。イタリアン大通り8番地、輸出用オーダーメイド紳士服のクラックマンに雇われまして。この生地、この繊細さ。革同様の持ちのよさ。(すかさずローズのほうを向いて)ローズ、お前の心が、手が、愛がほしいんだ!
ローズ まあ、求婚者が2人も!・・・お二人とも、ちょっと待って!(シュヴィヤールを見つめる)3人めもいるのよ。
シュヴィ (傍白)神様、彼女は私を見つめてくれました!
アントニー (ローズに)ローズさんは大金持ちなんです。どうか、私と結婚してください!
ローズ (勢いよく)何ですって! 私が・・・大金持ち?
シュヴィ 何だって!
クリケ (傍白)言っちゃったか!
アントニー そうです、山ほどの財産があなたに転がり込んだのです。
ローズ え?(クリケを見て)もらっちゃってもいいのかしら?
クリケ (傍白)クソ、あいつ、俺を睨みやがった!・・・マズいぞ!(舞台奥へ動く)



第10場(前場の人物に加えてクルヴェット)


クルヴェット (下手の通路から入ってきて)何だい、門が開けっ放しじゃないか!これはまた、手入れのいい、きれいなお屋敷で!(アントニーがクリケのそばを通って、さらに上手に移動する)
シュヴィ (クルヴェットに)またお前か! 私の屋敷からはお引取り願いましょう。
アントニー (勢いよく)あなたの屋敷って?・・・知らないんですか? ここはもう、あなたのものじゃないんですよ。
シュヴィ 何だって!
アントニー 競売は無効でした。相続人がいたことが判明したのです。
シュヴィ (有頂天になって)本当か! もう、私の屋敷じゃないんだな!(歌って踊る)やったぁ! やったぁ! やったぁ!(アントニーを抱きしめる)じゃあ、この屋敷は誰のものなの?
アントニー (ローズをさして)こちらにいらっしゃる、ローズさんのものです!
ローズ (シュヴィヤールのそばを通って)私の?
シュヴィ 何ということだ!(ローズの手を取り共に喜ぶ)哀れな娘が、今や大家だ。
アントニー 伯父さんのジャック・パトリアルシュ様からの遺産相続です。
シュヴィ かわいそうに、屋敷なんかいくつも持ってるから、苦労で早死にしちゃったんだ!
クルヴェット ああ、このお嬢さんが!・・・(傍白)大家になったら急に顔が悪どくなってきたぜ。
シュヴィ (ローズに)ローズさん、お願いがあります。私を門番として雇ってください。
ローズ お断り。シュヴィヤールさん、あなたは真心のある方。あなたは門番ではなく、私の夫になる人です!
シュヴィ (有頂天になって)本当に! ローズさん、ローズさん、私は幸せです!(歌って踊る)やったぁ! やったぁ! やったぁ!(もう一度アントニーに抱きつこうとするが嫌がられて逃げられる)しかし、こんな屋敷、とっとと売り払ってしまおう! 不動産なんか地獄さ! 蛭みたいに人の生血を吸うだけさ! パンのない食卓! 薪のない暖炉!
クリケ (シュヴィヤールの腕をつかんで)いらないなら、私にください! 私がもらいますから!
シュヴィ (自然に)ああ、私はホントにバカだった!

歌 全員「山の音楽家」
私は金持ち 屋敷の大家
上手に資産を 運用しましょ
  キュキュ キュキュキュ
キュキュ キュキュキュ
キュキュ キュキュキュ
キュキュ キュキュキュ
胃が 痛む

私は身軽な 一文なし
上手に 人生生きてみましょ
キュキュ キュキュキュ
キュキュ キュキュキュ
キュキュ キュキュキュ
キュキュ キュキュキュ
いかがです

いかがです!