オム・アルメ通り8番地2号 第3幕

第三幕

(さまざまな様式の家具がならぶサロン。上手にはソファー、下手には紙、ペン、インクが置いてあるテーブル。上手奥には小さな円卓。その上には、使い込んだパイプ、酒瓶とグラス2個をのせた盆。円卓の下手側には平椅子とひじ掛け椅子。奥と上手に扉がある)



第1場(クリケ、ローズ)

(クリケがだぶだぶの制服を着て、ポケットに手を突っ込んだままソファーの上で眠っている。コン、コン、と誰かが扉をたたく)

クリケ (独白。目を覚まして飛び起きる)ビフテキ・ポテト、4人前!・・・おおっと、何やってんだ? シュヴィヤールおやじの安食堂で働いてる夢見ちゃったよ。(再び扉をたたく音。クリケは起き上がる)どうぞ!(奥の扉からローズが顔を出す)
ローズ ひとり?
クリケ ローズさん! さあ、どうぞ!(ローズが入ってくる)3人です。あなたと私、それから愛の女神。(傍白)なんちゃって、気障だなあ!
ローズ (傍白)ステキ!
クリケ (ソファーをさして)どうぞ、おかけになって。
ローズ エッ、あそこに?
クリケ 遠慮しないで。(ローズは座る。クリケが彼女の隣に座る)。どうなさったんですか?
ローズ 午後のダンスパーティーにお誘いしようかと思って。
クリケ どこでやるんです?
ローズ (天井をさして)上よ、私のお隣さんたち。
クリケ あの、ズボンのお針子さん?
ローズ 最近、シャツを縫ってる人たちと合併したの。
クリケ そりゃあ「お尻合い」ってわけで、立場が近いからな。
ローズ でも、仕事にならないときは、お楽しみ。
クリケ で、ダンスパーティーか。
ローズ いらしてくださいね。12時からです。
クリケ 了解、必ず参ります。
ローズ ねえ、女の子たちが言ってたわ。あなた、出世してから威張ってるって。
クリケ とんでもない。
ローズ 何言ってんの、政府高官のお抱えが。
クリケ (威厳をもって)それは本当です。でも、私は決して忘れません。私は庶民の出身です。(二人とも立ち上がる)

歌『靴が鳴る』
おててつないで 革命すれば
悪い王様 外国へ逃げて
自由を歌えば 靴が鳴る
晴れたお空に 靴が鳴る

あなたは金持ち 私は頭痛持ち
だんなも家来も 選挙ができて
平等を歌えば 靴が鳴る
野にも里にも 靴が鳴る

ローズ あなたもいらっしゃる?
クリケ 一緒に踊りましょう。あなたの美しい脚をたっぷりと、拝ませてもらいますよ。
ローズ あら、どうしてご存じなの?
クリケ それは秘密、いや、じつは昨日、あなたが私の目の前で階段を上がっていったとき、私のここにしっかりと刻ませてもらいました・・・どうせ使用人はバカですから!
ローズ (勢いよく)とんでもないわ。そんなふうに考えちゃイヤだわ。
クリケ 私たち、結婚しましょう。
ローズ ええ、そうしましょう。
クリケ でも、気がかりなことがあるんです。あの人のことです。
ローズ あの人って?
クリケ 大家です。
ローズ 大家なんかどうでもよくなったんでしょ。
クリケ でも、この屋敷の持ち主であることに変わりはありませんからね。
ローズ でも、この前あなたに見せてもらった新聞に書いてあったわ。大家なんか乞食だ、ギャングだ、泥棒だって。
クリケ そいつはうまいこと書いてある。愉快だな。でも、だからって、シュヴィヤールさんがあなたに色目を使うのは、どうすることもできません。今朝も言ってませんでした? 聞こえましたよ、ローズさん、あなたに申し上げたいことがありますって。
ローズ それはきっと、今日が家賃の支払日だから・・・だから逃げ出してきたわ。
クリケ それならいいんですが。
ローズ だいたい、あの人みたいなお金持ちが、私みたいな貧乏人と結婚しようなんて思うかしら。万一、そういうつもりでも、私のほうからお断りだわ。
クリケ 本当ですか?
ローズ たとえ借りばっかりあって、あれこれ言われてもしょうがない相手だったとしても、それとこれとは話が別。それにひきかえ、あなたは無一文、私もそうだけど、でも、それでかまわないわ。
クリケ (傍白)多少は持ってくれたら、それに越したことはないがね。



第2場(前場の人物に加えてシュヴィヤール)

シュヴィ (奥の扉から顔を出して、外から)ごめんくださいよ。
クリケ (独白)ライバルの登場か。(大声で頭ごなしに。上手へ移動して)靴の泥を落としてください。
シュヴィ そりゃけっこう、靴の泥を落とせか。マットがないじゃないか。(入ってきてローズを見て)ローズさん! お元気ですか、ローズさん!
ローズ ええ、どうも。
シュヴィ (傍白)かわいいなあ。
クリケ (シュヴィヤールに)ご用は?
シュヴィ ご用は後ほど。(ローズに)分かってください、私がどれほど幸せか、私がどれだけ嬉しいか。あなたの姿をお見かけしただけで、私は・・・
ローズ 大家さんはとってもいい方ね。私には・・・
シュヴィ ああ、お嬢さん。
ローズ (逃げようとして)ごめんなさい。

歌『ぞうさん』
シュヴィ ローズさん ローズさん
私がイヤなのね
ローズ そうよ 大家さんは
ダサいのよ

クリケ 大家さん 大家さん
お鼻の下が 長いのね
ローズ イヤよ じいさんで
スケベなの

(ローズが退場する)



第3場(シュヴィヤール、クリケ)

シュヴィ (傍白)残念、逃げられた。言いたいことがあったのに。
クリケ (ローズを奥の扉まで送っていった後、また戻ってくる)わざわざいらしていただいて恐縮ですが、ご用向きは?
シュヴィ じつは家賃のことで。今日は25日。良い日ですな。
クリケ 大家さんにとってはそうでしょうけど。(下手のテーブルの前に座る)
シュヴィ まあ、せいぜい文句でもお言いなさい。みなさん間借人にはお楽しみが一年じゅういつでもある。しかし、大家の私にとっては、お楽しみは3月(みつき)にいっぺんだけ。つまり、年に4回だけ。多くはないんですよ。(ポケットから肩掛け鞄を引きずり出す)
クリケ 何ですか、それ?
シュヴィ 鞄です。中に入っているんですよ、私のお楽しみがね・・・これです。(紙切れをクリケに見せる)家賃の領収書。
クリケ お待ちください、主人がまだ寝てるもので。
シュヴィ ほう! ご主人自らお支払いくださるんですか!
クリケ いけませんか?
シュヴィ そいつは困った、想定外だ。そうならそうと、白ネクタイで正装してきたのに。なあ、私たちだけで片づけようじゃないか。なにしろお住まいくださってるのは大臣閣下、共和国大臣なんだからな。
クリケ もう大臣じゃありません。
シュヴィ え、うそ、大臣だったじゃない。ええ? もう辞めたの?
クリケ 3日と20分で。
シュヴィ そうコロコロ変わったんじゃやってられないねえ。
クリケ ええ、健康上の理由でしてね。(傍白)お払い箱にされちまったんだよ。
シュヴィ それにしても、お前も出世したもんだ。
クリケ (独白)「お前」ときたか、けしからん!
シュヴィ お前は幸せだよなあ、毎日、大臣の顔を拝めて。私など、お顔を拝したこともない。(かぎタバコ入れを手にしながらクリケに近づく)大臣は何とおっしゃってる? え? 今後は家賃が上昇するだろうって?
クリケ (シュヴィヤールのかぎ煙草入れから煙草をひとつまみして)シュヴィヤールさん、私をお前呼ばわりする習慣はあらためていただきましょう。(立ち上がって上手に移動する)お分かりでしょうが、私も今では・・・
シュヴィ そうかい! そうしてほしけりゃそうするよ。「お前」なんて呼ばないさ、「お前」なんてね・・・座ってもかまいませんか?
クリケ どうぞ。
シュヴィ (下手の椅子に腰かけて傍白)ウチの見習い給仕がまるで貴族とは! これが民主主義ってもんかい。
クリケ (上手を見て)あ! 旦那さまが!
シュヴィ (ハッと立ち上がって)おお!(上手からグルヌイユが登場。目立つ花柄の部屋着を着ている。飾りカフスとレースの胸飾りがついている。手には刺繍のあるハンカチ。腕にはどっさりと書類をかかえている)



第4場(前場の人物に加えてグルヌイヤール)

シュヴィ (深々とお辞儀をして)閣下の忠実なるしもべであることをまこと光栄至極に存じ上げ申し上げまするとともに、閣下におかれましては、かくなる恭順の思い、なにとぞお計らいいただけますよう。
グルヌイユ (小声でクリケに)何だ、こりゃ?
クリケ (小声で)大家です。家賃の催促。
グルヌイユ (小声で)私は会わんぞ。
シュヴィ 大臣、畏れ入りますが、もし・・・(傍白)声が上ずるな。(会話に戻って)もし・・・お家賃を頂戴できますれば・・・
グルヌイ ああ、分かっておる、分かっておる。
シュヴィ (傍白)あれ、こいつの顔、見覚えあるぞ。
グルヌイ (書類に目を通して)おかけください。
シュヴィ あ、分かっております。
グルヌイ じつは、大家さん、気がついたら、あいにく今朝は一銭も持ち合わせがないんですよ。
シュヴィ (笑って)本当ですか?・・・どうも、信じられませんな。
グルヌイ でしょ?
シュヴィ (笑って)大臣ともあろう方が一文無しとは・・・(傍白)こりゃなかなかのタヌキだぞ。
グルヌイ ですから、シャラント県にいる我がグルヌイヤール夫人を急遽、国庫に遣わしまして・・・
シュヴィ いえ、急ぎませんので・・・(傍白)何て間借人だ。金が尽きたからグルヌイヤール夫人を急遽、国庫に遣わしだと・・・こりゃなかなかのタヌキだ・・・
グルヌイ クリケ!
クリケ 何でしょう、閣下?
グルヌイ 大家さんにワインを一杯。
シュヴィ いえ、結構です。今カフェ・オ・レを飲んだばっかりですから。
グルヌイ まあ、まあ、どうぞ。(ソファーに座って書類に目を通し続ける)
シュヴィ では。そうおっしゃるなら。(クリケがグラスと酒瓶が載っている小円卓を正面に運んでくる)それに、どんなものか、味見もしてみたいもので・・・これ、ゆうべ、チュイルリーを襲撃して取ってきたワインでしょ? 元政府が大事に蓄えてたやつ。(グラス2つに酒を注ぐクリケを見て)2つということは、私と乾杯を? これはこれは、大臣となんて! 王政時代には考えられませんでしたな。(グラスを手にする)
クリケ (もう一つのグラスを手にしてシュヴィヤールと乾杯する)乾杯!
シュヴィ (傍白)違った、召使とか!(酒を飲んで顔をしかめる)不味い! 違った、チュイルリーのじゃないや!
グルヌイ どうかしたか?
シュヴィ (必死に微笑む)デリーシャス! おかわりをいただきます。(グラスに酒を注ごうとするクリケに)後で!(お盆にグラスを置く)
グルヌイ まるでナポレオンになった気分です。ワインはこれと決めたらそれ一筋。
シュヴィ たしかに。(傍白)銘柄が違いすぎるぜ!
クリケ (傍白)ノワシー=ル・セック産、パンタンの近くだ。(そのへんの安物だ。)(円卓を元の場所に戻す)
グルヌイ (書類をソファーに残して立ち上がり、シュヴィヤールに近づく)ところで、シュヴィヤールさん、6週間前のことなんですが、思い出しませんか? 将来の大臣があなたのレストランにうかがったんですよ。
シュヴィ え? お越しいただいたことがある!
グルヌイ ああ。光栄に思っているぞ。
シュヴィ それでか、どっかで見たツラ、いや、拝見したお顔だと思っておりました。思い出しましたよ。あれは私がこの屋敷を手に入れた日でした。女性をお連れじゃ?
グルヌイ そうだった。私は過去を否定する人間ではない。
シュヴィ そうでしょ。じつはメモがありましてね。(財布の中からメモを取り出す)あなた、お勘定をなさいませんでしたね。
グルヌイ 何? 勘定というと?
シュヴィ お召し上がりものですよ。
グルヌイ (激しい口調で)「お召し」とは何のことかな? 革命で王政は倒されたのだ。お召し列車など、もうない!
シュヴィ 失礼ながら、お分かりでないようで。
グルヌイ 私の目が黒いうちは王政復古などさせるものか。
シュヴィ あの、いいですか。
クリケ 私の目が黒いうちは王政復古などさせるものか。
グルヌイ (下手に移動して)もういい、この話はやめだ!
シュヴィ しませんよ、もう止めます。(傍白)勘定9フランもらってないんだよ。
グルヌイ お引止めしてはなんですな。大作の執筆がありまして。『権力の座の3日間』という著作でして。
シュヴィ 回想録をお書きですか?
グルヌイ 3日間しか権力の座にはいなかったが、自分としては偉大なことを為したと思っている。
シュヴィ (誠意をこめて)そうは思わない人間もいますがね。頑張ってお書きください。あなたの時代を照らし出してください。しっかり照らし出してくださいよ。家賃はいずれ頂戴にあがりますから。1時間したらまた参ります。お恵みと博愛あれ!(鼻歌で革命家を歌いながら奥の扉から退場する)



第5場(グルヌイヤール、クリケ)


グルヌイ (下手のテーブル横の椅子に馬乗りになる)クリケ!
クリケ 旦那様。
グルヌイ パイプだ。
クリケ かしこまりました。(円卓からパイプを取って運んでくる)文句なしに、王政時代に使い込んでありますな。・・・それにしても、連中、私たちを無能呼ばわりしやがって! 今の連中だってやることは一緒じゃないか。
グルヌイ 太鼓持ち! クリケ!
クリケ 旦那様。
グルヌイ 煙草を持ってこい。
クリケ 持ってまいりました。(ポケットから取り出した紙に包んで煙草の葉を渡す)では、私も一服つけましょう。(チョッキの小ポケットから真っ黒な小さいパイプを出して、黄燐マッチで火をつける)
グルヌイ クリケ!
クリケ 旦那様。
グルヌイ 火だ!
クリケ どうぞ。(グルヌイヤールに近づき、自分のパイプを見せて火種をグルヌイヤールのパイプに移す)それにしても、私たちを無能呼ばわりしやがって!
グルヌイ ねたみ深い連中め!
クリケ 後世が私たちを評価するでしょう。(ソファーに腰を下ろし、そのまま寝そべる)ああ、思い出しますなあ、私たちがフランスを治めていたときのことを。大臣でいるのは難しいもんですな。(煙をふかす)この通り、ちゃんと治めてますよ。
グルヌイ 政治だけではない。法廷も開いたのだ。
クリケ かつては法服を着ないとできなかったんですよ。
グルヌイ クリケ!
クリケ 旦那様。
グルヌイ 閣下と呼びたまえ。私がパイプをくゆらせているときはそうしてほしい。
クリケ (傍白)もう、甘えん坊なんだから!(会話で)甘えん坊でいらっしゃって!(立ち上がり、パイプを口にくわえたまま話す)閣下、オーストリア大使をお通ししますか?
グルヌイ (嬉しそうに)続けろ、続けろ!
クリケ 閣下!・・・



第6場(前場の人物に加えてアマント)

アマント (奥の扉から登場。腕に買い物かごを提げている)中央市場まで行ってきたわ。
クリケ これは奥様、マダム・グルヌイヤール。(グルヌイヤールは立ち上がる)
アマント エイの切り身を買ってきたわ。(買い物かごをグルヌイヤールの鼻先に置く)ほら、いい匂いでしょ。新鮮そのもの。(グルヌイヤールが舞台の前面から上手へ移動)これが12スーなのよ。(かごからエイを取り出して下手のテーブルに置く)
クリケ ああ! エイか! ソーセージは買えなかったか。(わざとらしく)グリーンピースの砂糖漬けでもいいんだけどなあ。シュヴィヤールさんの安食堂で出してたやつ。7号室へ、ムッシューとマダムをご案内!
グルヌイ クリケさん!
クリケ 閣下が召使にお怒りです。
アマント (グルヌイヤールのそばを通って)思い出してもうっとりするわ。あなたが恋人の私と出会った場所。そして1週間後に、私たち二人は市長さんの前で式を・・・
グルヌイ 挙げるんじゃなかったよ!
クリケ (下手のテーブルのそばで)エイか! またエイか!
アマント (クリケに)さあ、文句を言わずにお料理して。さあ!
クリケ (エイを取って、傍白)この大女、つまらない女だぜ。

歌(3人で)「村の鍛冶屋」
歌(コーラス)「村の鍛冶屋」
ビフテキ オムレツ
ブレスのチキンのクリーム煮
ジャガイモ、アスパラ
鹿児島黒豚しょうが焼き
グリルにソテーに
シチューにラグー
満腹 満足
しかも安い

(クリケがエイを持って上手から退場)



第7場(アマント、グルヌイヤール)

グルヌイ そうだ、大家が来たぞ。
アマント あら、そう、で?
グルヌイ 金を出してくれるか?
アマント あら、いいわよ。100スー玉が何枚かお休みになってますわ。立ち入りも禁止されていますけど、手はあるわ。
グルヌイ どこにだい?
アマント 私の手提げ袋のなか。(袋の中をかき回す)



第8場(前場の人物に加えてシュヴィヤール)

シュヴィ (奥の扉から入ってくる。片手には金梅花の鉢、もう片手には三色旗。三色旗には「家賃を払え! プロレタリアに栄光あれ!」と書いてある)ああ、悪戯者めが! 下種女めが!(階上からダンスパーティーの音楽が聞こえる)
グルヌイ 何持ってるんです?
シュヴィ (金梅花と三色旗を見せて)家賃ですよ。金梅花と三色旗、これを見せたらみんな払ってくれましたよ。金額は1400フランになります。(奥に金梅花と三色旗を置きに行く)
アマント (傍白)考えたわね、今度使うわ。
シュヴィ 踊ってるんです。夜会をやってるんです。朝ですけど。いいじゃないですか、いろんな人がいて。(グルヌイヤールに微笑みかける)さあ、家賃を払ってもらいましょう。(音楽が止む)
グルヌイ (ソファーに腰を下ろして)いいでしょう、妻に掛け合ってください。
シュヴィ 分かりました。分かりました。どうぞそのままで。(アマントに)では、メイドさん
アマント え?
シュヴィ 奥様はどちらです?
アマント 私ですが。
シュヴィ ええ?(傍白。感激して)飾らない人だなあ。大臣の奥方が中央市場とは。スパルタみたいだな。(会話で。微笑んでアマントに)奥様、家賃をいただきに参ったのですが。
アマント 家賃ですって?(シュヴィヤールに背中を向けて)貸しにしといてよ。
シュヴィ いや、お菓子ならもうけっこう、ワインをいただきましたから。
アマント (かごから新聞を取り出して、シュヴィヤールに見せる)これ、「資産と利潤」の出たばっかりのやつ。
シュヴィ 何だこれは?(新聞に目を走らせて)。裁判所の決定。(読み上げる)「間借人の家賃の支払いを3か月猶予する」(グルヌイユに)旦那、私はね、ただこの領収書をお渡しできればと思いましてね。
グルヌイ (立ち上がり)読め、決定だ!(再び座る)
アマント 読んで、決定よ!
シュヴィ 決定ね、決定!



第9場(前場の人物に加え、クリケ、クルヴェット)

クリケ (エイの料理を持って上手から勢いよく登場する)は〜い、エイの黒バター添えで〜す!(円卓に皿を置く。そしてアマントとクリケは下手のテーブルに食器を並べる)
シュヴィ 地獄へ墜ちろ!(グルヌイユたちを突き飛ばそうとする)
クルヴェット (奥から駆け込んでくる)旦那さん、旦那さん!
シュヴィ おお、お前か、どこへ行ってたんだ?
クルヴェット 衛兵の選挙です。
シュヴィ 選挙だと、このバカ! で、何の知らせだ? 金でも持ってきたのか?
クルヴェット (紙を渡す)これを読んでくださいよ。
シュヴィ (紙を見ながら)ああ、何てこった!(読み上げる)「4種類の直接税の総額に対し、45パーセントの増税を告知する」
クルヴェット (傍白)当然でしょ。(上手に移動)
シュヴィ バカらしい! 何なんだ! 家賃は入ってこない、でも、増税か!

歌 増税のワルツ「こいのぼり」

家賃より高い 所得税
貧乏人にも 消費税
しがない親爺に たばこ税
呼吸するにも 空気税

(この歌の終わりに、階上からの踊りの足踏みと音楽が重なってくる)

シュヴィ 踊ってドタバタやってやがる! わざとやってやがるんだ!
クリケ パーティーだ。遅刻だぞ!(奥の椅子においてあった帽子を取る)
シュヴィ (叫ぶ)静かにしないか! 壁が壊れるぞ! 追い出すぞ!(その瞬間、天井に穴が開いて、残骸が落ちてくる。穴を通してダンスを踊る女性の脚も見える)
シュヴィ 私の天井が! ああ、あんまりだ!(下手のテーブル近くの椅子に座り込む)
クルヴェット ボロ屋だなあ!(クリケがエイの皿を持って上手へ逃げる)
グルヌイ (立ち上がってシュヴィヤールに)大家さん、あなたに1万5千フランの損害賠償を請求します!
クリケ (皿から残骸を取り除けて)エイが!

全員の歌(省略)